tttaageの2022年

年の瀬を皆さんどうお過ごしでしょうか。

この記事は

adventar.org

20日目です。

去年まで3回連続で書かせてもらってて、今年は特にトピックがなかったのでエントリーしていなかったのですが、主催者から1人通して書けと圧を頂きましたので書きます。主催者と自分の微妙な距離感が窺えます。

 

昨日は有年ウネ (@UneUne_mgnh) / Twitterさんの記事でした。

meganehachang.hatenablog.com

 

 

他の方の記事を見ていたら趣味だったり仕事のことだったりと個性的な記事があるのですが、あいにくゲームもちょこっとしかしないし旅行もしないしスポーツもしないしほぼ無趣味人間なので就活を中心に今年の振り返り。お気持ち表明も含めて。

文字も思ったことを打ってるだけなんで読みづらいかもしれません。流しながら読んでください。

アドカレを書く時で一番楽しいのは書くネタとかトピックを思いついた瞬間なのかもしれません。実際書き始めると言葉にしづらかったり、読み返すとつまらなかったりしてます。

一年に一回でちょうどいいですね。

日向坂のライブ

3/31に東京ドームで開催された日向坂46のライブに行ってきました。

声優のライブは高専在学時によく行っていたのですが、アイドルのライブは初めてです。

そしてまさかのアリーナA席。

チケット取ってくれたせいさん本当にありがとう。

 

 

めっちゃ広かったのでセンターステージ以外だと逆に見えないことも多かったんですけど、ライブなんてそんなもんですよね。

右前のおじさんが娘さんを連れてきていました。

どんな英才教育だよ。

説明会やら試験やらライブやらで上半期は毎月くらい東京に行っていました。

泊まらせてくれたみなさんありがとう。

 

9月の名古屋ツアーにも行ってきました。

バイクでセントレアまで下道で往復したら安く済むんじゃね?という浅い考えのもと明朝に出発した結果、物販に間に合いませんでした。

しかも帰りはしんどくなって伊勢湾からしっかり高速で帰りました。

体力的にも金銭的にも鉄路で行くのが正解ですね。

意外と名古屋は遠いことがわかりました。

 

4/1,4/2にハマスタでライブするそうなので興味のある方は連絡ください。

公務員への就職活動

4~7月は就活してました。

結果から言うと就活は中成功でした。

完全に第一志望だったわけではないですが、某省の技術系総合職(技官)に内定をいただきました。自分の能力以上の評価をいただけたと思います。自分で自分を褒めてあげたいと思います。

 

6-7月にかけて2週間東京にいました。

アパホテル10連泊なんて人生で初めてです。

省庁の採用面接はルールやらが色々とあってそんなスケジュールになっていました。

毎日面接を受けているわけでもなく、でも翌日にはまた来なければいけなかったり緊張の日々でした。おかげで霞ヶ関周辺の地下鉄はなんとなく把握できました。

 

終わった後は野球を見に行ったりJAXAに行ったり鉄道博物館に行ったりうなぎを食べたり関東を楽しみました。

全面的に支援していただいた親に感謝です。

zozo

東京での面接以外にも色々と試験を受けました。

全落ちしても大学院試験という選択肢は残っていたのですが、先輩を見ていると研究ガチ勢とそうじゃない勢の両極端でした。

研究バリバリ勢は本当に朝から晩までデスクに向かっていて教員と議論しているし、そうじゃない勢は受け身で最低限のタスクをこなして就職を決めていました。

自分は後者になる未来しか見えません。2年間よくわからず過ごすくらいならどんな形であれ公務員として就職できるならそっちのうほうがあってると思っていました。院生に「なんで院行ったんですか?」って聞くと大体の人が「2年間猶予されるから」って言うんですけどあれどこまで本心なんですかね?

 

さて、話は変わりますがみなさんは「公務員」と聞いて何を思い浮かべますか?役所の窓口の方、警察、官僚など身近な存在からニュースで聞くイメージなど様々だと思います。

就活を通じて公務員もたくさんの職種があることを知りました。

特にこのアドカレを読んでいる方のほとんどは高専OBだと思うので、学校推薦がなくて試験を受けなければならない公務員にわざわざなろうと考えた方はあまりいないと思います。特に文系色のイメージが強いので専門外だからなれっこないというイメージがあるかも。

しかし以外にも我々のような理系の学生が受験できるような公務員試験の区分は意外とたくさんあります。

僕が今年受けた試験はこんな感じでした。

  • 国家公務員総合職(工学)
  • 国家公務員一般職(電気電子デジタル)
  • 労働基準監督官B
  • 東京都(電気)
  • 政令指定都市(電気)

全て理系の区分です。

地方公務員だと理系の仕事はインフラ関係が多いので電子と言うよりは電気なのかもしれません。

 

試験は4~6月、採用面接が7~8月くらいに大体集まっています。

民間と比べると遅いです。バイトの1つ下の後輩が「最終面接行ってきます!」とこの前言っていてびっくりしいました。特にIT系だともう決まるんですね。

そりゃ公務員試験の勉強なんてやってられないですよね。内定出るんだもん。一年前の自分は憲法を楽しく勉強していました。

結局全て理系の区分で受けたんですけど、年内の勉強は文系区分のをしていました。

なんだかんだ楽しかったし、一般教養に含まれている部分もあるので数問くらいは文系の勉強していてとれた問題があったような気がします。

 

地方公務員は別ですが、国家公務員は試験と採用が完全に分離しています。

あくまで試験は面接を受けるための資格みたいなので、採用と連続していません。

試験の合格は3年くらい保存できて、翌年以降に採用面接だけ受けることも可能です。

国家公務員一般職の理系の試験はかなり簡単です。

https://www.jinji.go.jp/saiyo/siken/ippannsyoku_daisotsu/daisotsuteido_ippannsyoku/ippann_daisotu_kekka_2022.pdf

試験を受けた9割くらいが合格しています。

あくまで試験なので採用ではないのですが、その職種に意欲があるのに試験で諦めるのはもったいなさそうです。

 

もし就職を考える大学生がいたら選択肢に入れてみてください。

国家公務員は専門的な職種も多かったりして説明会で話を聞いていると興味を惹かれる仕事がたくさんありました。

専門試験の内容は編入試験とかぶってる内容が多いので試験の難易度は他の大学生よりむしろ低いはずです。

研究室

今年の4月に研究室に配属されました。

やってることは超伝導理論です。

超伝導内部における電磁場のシュミレーションをしています。

研究といっても教員から渡されたプログラムをパラメータを変更しながら回しているだけなので基礎的なことは何も理解できていません。

多分理解しようと思ったらあと3年くらいは必要な分野だったので諦めました。

研究室はコアタイムが設定されているものの特に出欠をチェックされるわけでもなくよくわかりません。

 

B4が2人、M1が1人、M2が2人の計5人でスタートしました。

が、10月に3人になりました。

B4,M1の2人が研究室を異動していきました。

年度末でB4の自分とM2の先輩が卒業するので瞬間的に研究室の学生が0人という事態になります。

来年配属される学生のためにわかりやすい引き継ぎ資料と部屋の清掃を行う予定です。

 

異動の原因はハラスメント的なことらしいです。

なんか聞くところによると担当教官は以前にもそんなことがあったらしい。例を出すならKSI先生みたいなもんです。

一定水準以上の知識を前提としていて、それがないと人として認められないって感じです。「そんなことも知らないの?」みたいな当たり方が日常的です。

かつ間違えた時のチクチク言葉がキツイです。

僕の研究室は学科的に少数派なのであまり人気がありません。

そうなると必然的に成績的に下位の学生が入る傾向にあります。教員も学生を選ぶことができないので難しいですね。

正直異動することを聞いた感想としては「そんなに嫌かな?」という感じで同情もそこまでできませんでした。

おそらく教授という生態に触れ合ってきた時間の長さだと思います。

大学教員なんて特殊な職業に社会性を求めることは諦めました。

 

ハラスメントに理由をつけていると自分が誰かを指導する立場になったときに訴えられるんしょう。恐ろしや。

 

価値観の違いは難しいです。

それ以降というものの僕らへの対応は少し和らいだんですけど根本的には変わっていません。

大学教員なんて実力で勝ち上がってきた人間の職業なんで自分のやり方に疑問なんて持たない人がほとんどだし、まぁこんなものかと思いながら接しています。

僕はどうせ1年しかいないので研究室を変えるほうが面倒くさかったので年度末までいることにしました。

学生生活終了へのカウントダウン

と言うわけで約8年間の高等教育で僕の学生生活が終わる予定となりました。

卒業できなかったら来年ここで懺悔させてください。

年明け以降は卒業論文を書いているはずです。 

 

高専に入りたかった動機が「受験を早く終わらせたい」と「学費が安い」くらいで、卒業後の進路なんてろくに考えていませんでした。ましてや公務員になるとは。場当たり的な8年間だったのですが振り返ってみると面白かったです。

 

先輩から頂いたベースのつまみを交換するためにはんだごてを久しぶりに引っ張ってきたり、電子工作してみたいな〜とか思ってラズパイを買ったり、当時いくらでもできたものを今更触っているのは未練なのかも。

大学では物理よりの専攻なので配線をしたり回路を設計したりなんてことはほんのわずかだったので逆にやりたくなりました。

社会人になってもなんらかの自己研鑽ができるような人でありたいと思います。

 

みなさん卒業旅行って行きました?僕らの世代は卒業式のタイミングでコロナが流行っていたのでそれどころではなく、何もせず卒業してました。

卒業旅行はどうするのと聞かれるのですが、僕以外の研究グループのメンバーは院進するのでそんなことを言い出せる雰囲気でもありません。

パスポート取ったことない人間なのでその辺の経験も空っぽなので年明けたら計画します。間に合うのかな?

 

関西にいるのも後数ヶ月で年度明けはどこか地方に飛ばされるので年度内になるべく会っておきたいです。

自分から声かけれない人間なので誘ってください。

バイトがない限りどこでもいきます。

 

というわけで自己顕示欲まみれな記事となってしまいました。すみません。

 

p.s.家族全員コロナ患者となりました。みなさんも体調に気をつけて年末年始をお過ごしください。

 

教育の意義

おはようございます。誰か書いてくれ Advent Calendar 2020の5日目を書くことになってるたつた(@tttaage)です

このブログでは、大学生となった僕がコロナ禍で感じたことや考えたことについて書きます

書いている現在、実験レポートが2通溜まっているんですけどもうめんどくさすぎて逃げています。

投稿が少し遅れてしまいすみません。

 

このブログ自体がかなり偏った自分の思い込みやインプットしている知識によるものなのであくまでご了承ください

 

僕がこのブログで書きたいのは「教育とは」というテーマについてです。

僕は今年の夏から、主に小中学生を対象としたプログラミング教室にアルバイト講師として働いています。これまで自分は若いと言われ続けながら生きてきたのですが、干支が一回り以上違う子供たちと会話する機会というのはほとんどなかったので経験したことがなかったので楽しいですね。大体の子が鬼滅の刃であったりフォートナイトの話題で盛り上がっていて流行というのは裏切らないもんだなとちょっとだけほえぇとなりました(どういう感情なんでしょうね)。

 そこでの気付きであったり改めて教育とはどうあるべきか、その改善点などについて考えるようになりました。

問題提起が大半になってしまったりざっくりしすぎて結局何が言いたいのか書いている自分でも正直なところ良く分かっていないのですが、少しでも自分の意見が理解されれば幸いです。

 

 

 

小学校におけるプログラミング教育の難しさ

やはり小学生にプログラミングを教えてて一番難しいのは「英語を理解していない」という点です。基本的にプログラミング言語はアルファベットや数字の羅列だし、プログラミング用語というものも英語を由来とするものが多いです。僕が初めてプログラミングを学んだのは高専に入ってからなので少なからず中学で基本的な英単語であったり文法を学習しているのでキーボードにも打つのもそこそこのスピードで入力できてました。ただ、小学校で英語教育が低学年から行われているとはいえ、単語を覚えるという内容は少ないらしく、例えば「count」という変数を作ってと口頭いうと、その変数の名前は「kaunnto」になってしまっていたんです。は?とちょっとだけイライラしたんですけど彼らにとってはそれが正解なんですね。プログラミングを教えてるつもりなのにいつの間にか英単語の説明をしてしまっていました。「プログラミング的思考」を学習するたに視覚的に分かりやすいプログラムを作成するカリキュラムなのですが、そういった一部では立ち止まるケースが多いですね。

でも小学生からプログラミングをしてるなんて凄くないですか?僕は小学生のころなんてなけなしのお小遣いで遊戯王カードを買ったり近所の公園で缶蹴りとかしかしてませんでした。生徒の多くがほかにも習い事を多くやっていて、中学受験だから高学年になると退会するケースが一番多いらしいです。教えといて言うのもなんですが、そんな子たちとが社会に出てきて競争できる気がしねぇ笑。ただ、今は電子系の知識を広めて高専に誘導して優秀な後輩を生み出したいです。

 

勉強の自己責任論

現代日本において、個人の学歴や学校歴という一種のステータスは、「個人の努力の賜物」という位置づけが多いように感じます。それは決して間違っていないし、夜遅くであったり遊ぶ時間を割いて学習に値込んできたからこそ得られたものであるというのは疑いようもない事実です。しかし、「それらの努力はなぜ行うことが出来たのか」ということに着目する必要があると思います。まず、努力を行うには環境が必要です。日本において教育は小中学校の義務教育しか保証されていません。また学習には必ず一定の金額が必要になります。奨学金などの制度を除いて、中等教育や高等教育を行う年齢である10代や20代はそれだけの金額を自分の労働や所得により得ることは非常に困難です。そのため、それらのお金は親権者であったり養育者が負担します。それはつまり、「親権者や養育者の所得に応じて教育に費やすことのできる額が異なる」ということを指します。どのような教育を選択し、受けるというのは個人の自由ですが、その内容でや量は所得の少ない家庭であれば数を絞ったり、クオリティを妥協し選択する必要に迫られます。人に与えられた時間は等しいものですが、それらの使い方は費やされた金額によって大きく変化します。高額なものほど子供にとって努力できる環境が整ったよい学習機会を得られ、良い学習能力の育成が期待されます。努力を評価することはとても大切ですが、努力する方法を知らず間違った努力をしてしまったり、そもそも努力する機会を与えられなかった人間を無視してしまっては何も生まれないのではないでしょうか。

 

 

 

公平と平等の違い

まず、平等、公平とはどういう違いがあるのか、辞書の記載は以下の通りです

平等:差別がなくみな一様に等しいこと。

公平:判断・行動に当たり、いずれにもかたよらず、えこひいきしないこと。

具体例を挙げるとするならば、公平な審判という言葉は意味が通用しても、平等な審判といわれるとちょっとしっくりこないし、平等な権利というけど公平な権利とはあまり言わないのではないでしょうか。

違いをはっきりと説明しようと思ったんですけど自分の説明力がなかったので省きます。今日において、学校への入学試験という「公平」であるとは非常に重視されます。入学試験でカンニングであったり替え玉受験なんてものはもしも発覚したら当然入学資格が取り消されることになるでしょう。また、それは試験を行う側も同じであり少し前ではありますが性に応じて合否の一部に考慮されてしまった医学部も非難の対象となりました。

では、「平等な試験」とはいったいどういうものなのでしょうか。あまり聞きなれない言葉ではありますが、試験における平等というのは、それまでの試験を受けるまでのバックグラウンドを指していると僕は思います。

先程の内容と一部被る内容とはなってしまいますが、試験とはなるべく全員を一律の基準で判定することを理想とします。しかし、その試験に至るまでの過程は受験者によって千差万別です。例えば進学校と呼ばれる中学校や高校では、それらの学年ののカリキュラムにとどまらず発展した内容であったり、大学受験に向けた勉強を早いうちから行います。一方で通常の高校生はそれぞれの学年で習うべきカリキュラムを学習し、大学受験の勉強というのはプラスアルファで各個人に一任されてしまいます。大学受験におけるゴールに向けての徒競走と置き換えれば多額の授業料を支払っている進学校と公立高校の生徒ではまずスタートラインが異なりますし、そこからのスピードも圧倒的で勝負になってるかすら怪しいです。試験の受験者数が膨大なため各個人に合わせた試験というのは非常に困難であるのは当然ではありますが、より各個人なりに努力したことが認められて合格できるような試験内容になればいいなと思います。

 

最後に 

 

以上で自分の意見となります。正直なことを言うと、日ごろからよくこういう事柄について考えたりするのですが、いざ文字に起こしてみると客観的的なデータが少なかったり、論述的な文章の作成する力がなさ過ぎて結構な時間を費やしてしましました。自分が日頃呼んでいる著者の方がどれほどの労力で一冊を完成させているのか、少しだけですが分かった気がします。

これからの自分の課題としては、何か行動を起こすことですね。格差とは必ずしも存在しますし、その格差をなくそうとするのならば旧ソビエトのような社会主義国家となってしまうわけで、それが破綻の道であることは歴史に学べば一目瞭然です。この資本主義国家において、格差は存在してもよいが、個人の機会の平等の確保は政府であったり社会の役割であるため、一個人でどうこうなる問題ではないのですが、少しずつだけでも自分なりの解決策を探す努力を継続して行っていきたいと思います。

 

読んでいただいてありがとうございました。

 

学会のすゝめ

ブログを始めて書いて早1週間。

なんか自分意外と文章書けんじゃね?と自惚れているうちに連投させていただきます。

 

先のブログを拝見していただいた方はご存じだと思いますが、僕は現在高専(工業高等専門学校)の5年です。一部の高専だと例外があるのかもしれませんが、ほとんどの高専は卒業をするために卒業研究をしなければなりません。卒業研究は教員の研究室に所属し、指導を受け行います。研究のテーマは研究室で用意されているところもあれば各自が教官の専門分野と関連したテーマを決める場合もあります。僕は昨年度所属していた先輩のテーマを引きついて材料関係の研究を行っています。今回参加したTUT高専太陽電池シンポジウムは研究室として毎年出ており、一応僕もポスター発表という形で参加させていただきました。

 

ここで今回のシンポジウムの大まかなスケジュールを説明します。

初日

13:20 開会

13:30~講演

14:25~ポスター発表

17:05~企業技術公園および説明会

18:40~情報交換会

2日目

9:30~講演

12:00~優秀発表表彰

13:00 終了

 

という流れでした。ポスター発表の僕は自分の説明時間である40分以外はほとんど発言していません。

 

専門家たちからのストレートパンチ

学会、シンポジウムはそれぞれの分野の専門家、研究者が参加しています。そういった人達というのは自分の研究分野が大好きで知識量も膨大、新しいことに対しても純真無垢で興味深々です。一方で僕のような学生はたかがか数年この専門分野を勉強したに過ぎず基礎学力も曖昧です。さらにこの太陽電池というのは使われる分野としては電気ですが、作るためには化学の知識は欠かせません。僕は電気が専門で化学は高校化学もさっぱりなレベルで簡単な化学式の意味さえ理解できないほどエアプです。自分の研究発表の場であるポスター発表は、会場に参加者それぞれのポスターを掲示して専門家たちが見て回り、発表者から説明、専門家から質問等を行う時間です。1対1で意見交換を行うのですが、前述の通り僕は質問に答えられるほどの知識は有していません。完全にサンドバック状態でした。専門家が当たり前のように聞いてきたことさえも知らず、逆に驚かれてしまいました笑。もう心が痛いです。

このことを教官に話したら「よかったな」とだけ言われました。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥ということわざがありますが、まさにその通りですね。ボコボコにされた分、自分の研究に不足している点やこれからの1カ月ですべきことがはっきりとわかりました。アドバイスをいただいた方々、ありがとうございました。

全国の高専生との交流

学会やシンポジウムはある地域やコミュニティ内で行われるのですが、それが今回は「全国」の「高専」という枠組みでした。開催地になった群馬は

omagun.com

このような作品があるほど田舎であり、宿泊施設の周りにはゴルフ場しかなく、最寄りのラーメン屋が5km先という絶望だったため、やることがお喋りしかなかったです(いい意味で)。

僕は学生会という、主に11月にある高専祭(高校、大学などの学祭)の運営をする組織に4年間所属していました。その際に年間2回近畿の高専の学生会で集まる交流会があり何度か参加していたため近畿エリアの高専の知識はあったのですが、九州や関東などは全然関わりがありませんでした。今回のシンポジウムでは全国各地の高専生からそれぞれの地元の話を聞くことが出来ました。木更津高専の有名人の化学の過去問が100点だったこと、福岡の方言、山形に新幹線が通っている!!こととかしょうもないことばっかりだけどみんなで露天風呂を囲み2時間くらいずっと話していました。ほとんど初対面なのに盛り上がったことが今となって衝撃です。

まとめ

このシンポジウムに参加することは4月の研究室配属の瞬間に決まって、最初はめちゃ嫌でした。研究の進捗がよろしくなかったり、他の研究室に比べて僕の研究室は研究の拘束時間が長く、コアタイムが終わっても居残るケースが多かったので研究自体へのモチベもだんだんと低くなっていきました。

でも、研究もしんどいことだけじゃないということが分かりました。とある先生から「テーマ自体はすごく面白いことなので、頑張ってください」って言われたことが自分の励みになりました。こういった研究は結果が出ても自分では何に役立つのか、本当に意味があるのか不明瞭で自身をなくしがちだと思います。専門家から見て自分の研究の意義があるということを認めてもらったということはすごく嬉しかったです。これからも場所は変わりますが研究を頑張ろうと思えました。

また、今回はグンマだったので観光は富岡製糸場しかできませんでしたが、こうした形で地方に行くことも非常に魅力的でした。僕はあまり旅行はせず休日はバイトか家に引きこもっているタイプなので久しぶりに新幹線にも乗れて楽しかったです。来年は金沢で開催されているらしく観光や美味しい魚など魅力いっぱいなのですが、僕は大学に進学するため参加できません。専攻科に進学していれば参加できていたのでちょっとそこだけは後悔ですね・・・

次は(結果が出れば)3月にある応用物理学会に参加する予定です。またそこでも色々と非日常を楽しめたらと思います。

高専

誰か書け Advent Calendar 2019 - Adventa24日目を担当します。@tttaageです。

 

ブログを書くのは初めてなので所々に支離滅裂な文面等あると思いますが、温かい気持ちで最後まで読んでいただけると幸いです。

いきなり話はそれますが、21日担当のよくないね (@m4exd) | Twitterさんのブログ”きっと何者にもなれない - m4exd’s diary”が個人的にすごく共感できる内容だったので、少しだけコメントさせていただきます。

 

僕は自分のアイデンティティが分かりません。最近だとYouTubeとかで個性を発揮している人が目立ちます。これまではそんな人たちは全員年上で、自分のいつかこの年代になれば自分らしさであったり、自分にしか出来ないことがきっと見つかると思っていました。僕はもうすぐ20歳になろうとしていますが、これといった趣味もなく、よくわからんまま毎日を過ごしています。世間では将棋の藤井棋士やサッカーの久保建英選手などの年下で凄い才能を持った方々が脚光を浴びています。そんな才能を持った人たちはこの世界のほんの一握りであり、ほとんどは自分と同じようなただの学生であることは分かっているんですが、このまま社会の波にのまれて一生を終えることがすごく怖くなりました。酷い言い方になりますが、そこらへんにいるガードマンとかどういう心境や将来の目標をもって毎日過ごしているのか興味あります。友達と入ったお好み焼き屋でたまたま出会ったアーティストのプロデューサーにこの話を相談したこともありました(その後ご飯は奢っていただきました)。

高専では長い時間同じ環境にいるからこそこういった価値観を持つ人が一定数いると思います。

これに僕が出した答えは「アクションを起こす」ことです。とてもざっくりとした答えになってしまいました。このブログもその一種です。自分の現在の考えをまとめ、整理するということが今回の目標です。自分という人間が将来どうなっているのかは想像できませんが、毎日継続して仕事のスキルを伸ばす、仕事以外の趣味でも継続して成長していくことが自分に自信をつけ、生きている実感となるのではないでしょうか。

 

はじめに

僕がこのブログを通して伝えたいことは、「高専」についてです。

はじめに自己紹介、なぜこの題目でブログを書こうと思ったのかを述べさせていただきます。

僕は某市立高専電子工学科5年に在籍しています。

来年度は大阪府立大学に進学する予定です。

 

 高専での成績についてですが、

1年:真面目に勉強に励む。1桁をキープ

2年:アルバイトを始める、成績が20番台まで落ちる

3年:アルバイトにのめり込む、成績が30番台まで落ちる

4年:改心して勉強を始める。1桁に返り咲き

5年:受験勉強のため手を抜きながらダラダラと

 

みたいな感じです。5年間を通して成績の落差が非常に激しい、俗に言う「やればできるタイプ」なんだと自己分析しています。

なんだかんだ大学への進学も決まっており、5年間を通して高専という場所の良さも悪さも感じました。また今日では大学の入試改革、教育改革などは頻繁に報道されています。それらを踏まえ、高校と比較した際の高専のメリット、デメリットを日頃から考えているのですが、あまり周りのクラスメイトは興味がないためか僕の自制心が働かない時に一方的に喋りけるくらいしか言葉にすることが出来ません。今回のブログは非常に良い機会だと思い、ブログという形で表現しようと思い酸化させていただきました。

 

メリット

高専の最も大きなメリット、それは「5年間通うこと」だと思います。ほとんどの同世代は高校3年もしくは高校3年+大学4年という進路をたどっています。高専には個性豊かな人たちがたくさんいます。部活に没頭したり、バイトをしたり、アイドルを追いかけたりと、みんな自分の好きなことを語らせたら一生喋り続けられるんじゃないかなみたいな友達ばかりです。それらは高専があったからなのではないのでしょうか。高校に通う生徒は、進路に迫られます。大学に通いたいと思うなら入試をくぐりりぬけなければなりません。AO入試など面接のみの大学も多々ありますが、国公立に入りたいと思うのならばセンター、2次はどうしても越えなければいけない壁となり、立ちふさがります。特に進学校ならば入学した段階で3年後の入試について考えなけらばならない状況になるのではないでしょうか。さらに部活動に入るのが当たり前の状況であり、忙しい毎日を送っているのが想像できます。しかし、高専にはそれはありません。僕は大学進学することが出来そうですが、3年生の間は進学など頭になく、就職する選択肢しかないと考えていました。実際の受験勉強は4年生になってから始めました。高専の特徴である時間の猶予のおかげて僕は自分の得意、不得意な分野を知ることが出来ました。自分を見つめ、そのうえで何がしたいか、また何をすべきか考える時間というのは10代の自分においてとても重要なのではないのでしょうか。

 

また、高専のメリットとして「自主性が重んじられる」ことも挙げられます。

先ほどと内容は被りますが、高校生は時間がありません。大半が3年生の半ばまで部活をし、その後受験勉強をします。受験勉強も塾に通い、先生の言われた通りに課題をこなし、大学に入学します。バイトをしていると大学生と一緒に働くことも多いですが、ほとんどは遊びまくってますね。授業に出る出ないとか、これは必須だから~とか、私学の高い学費払ってもらって何してんねんって思います。実際に僕も高専の学費を親に払ってもらっていたのにも関わらず3年の時とかは出席せずゲームすることも多々あるので文句を言う資格はありません。ただ、一度そういう経験が自分が何をしたいか考えるきっかけとなりました。

 

デメリット

高専のデメリット、それは「放し飼い」であると思います。

僕のような課題もレポートも出さない人間は、強制されないとやれないことが多々あります。たまに運動部などで、圧倒的な力を持った先生によるスパルタ教育か、生徒の自主性に任せた練習のどちらかがいいか比較する番組がありますが、そんなもんどっちがいいかなんて決められません。何事にも良さと悪さは表裏一体で存在しています。高専という学校は1年生のころから高等教育機関に通うものとしてとして「学生」と呼ばれます。学生の自主性を重んじ、服装やアルバイトに関する規制もないに等しいです。それは勉強面にも当てはまります。課題の量も高校と比べればかなり少ないです。おかげてロボコンなどの部活や個性を伸ばすという面では活きているのですが、学生の多くは技術的なことに関して、授業のみでしか触れません。僕が高専に入学した理由は入試の時期が早いこととゲームが好きなこと数学が得意だったことくらいしかありません。将来の目標をか実績を引っ提げて入学する意識高い系ではありません。僕の周りもにた感じの人がおおいように思います。中学時代に学校と塾の先生の言うことをしていて高専に入学した人が自分から勉強できるわけありません。今から思えば本を読む、先生に尋ねるなどやり方はいくらでもあったとは思うのですが、1年生の頃はどうしていいのかさっぱりわかりませんでした。「自分から進んで勉強するのが学生だ」と全校集会で偉い先生から何度も言われましたが、ほとんどの中学生はそんなこと言われてもどうしていいか分かりません。低学年において、自ら学ぶにはどうしたらよいか、どういう手法があるのかなどに関するレクチャーや授業を通して学ばせる機会を増やしてほしいと思います。

 

また、「閉鎖的」でもあります。近年において、著名な方々は一芸を身につけることを推奨しています。特にYouTubeなどを通じて自分の能力を発揮する場面が多くなったからでしょうね。高専はそういった能力を伸ばす場には最適です。だって環境が変わらないから。ただし、それはデメリットでもあります。思春期は考え方や価値観が成長する最も適した時期だと思います。新たな出会い、強烈なインパクトがないというのは自分の成長の機会を失っていることになります。

 

高専から大学へ行くメリット

自分の進路に関してたくさん悩みました。なんなら今でも就職したほうが良かったのかなぁと後悔することも少なくありません。大学へ行くにあたってのメリットは「価値観を広げる」ことです。これは僕が中学生時代に高専に行きたいと父親に言ったときに反対された最も大きい理由です。

僕が勉強してきた電子工学という分野は、年を追うごとに広がり、現在行っている卒業研究において同じ学科内でも違う研究室のメンバーがしている研究について全然原理が分からないことがほとんどです。つまり、到底5年間という時間では一人前になったとは言えません。ただそれが大卒より低い賃金で基礎的な専門知識と技術を持った若い人間を雇いたい企業のニーズと完璧にマッチしており、豊富な求人という結果を生んでいることは間違いありません。

しかし、僕は高専生こそ大学へ行くべきであると考えます。そして、大学に求めること、それは「価値観を広げる事」「異分野の知識を吸収すること」です。高専生は自分の専門知識と技術、それと論理的な思考力があります。しかし、それだけでは新しい物を生み出すことはできません。実用化のためには化学や機械、電気など異分野の組み合わせが欠かせません。また、工学は現在ある技術を用いて社会にどういう形で利便性を提供するかも大切です。つまり現在の世界や社会において何が必要とされているのかを知る必要があります。高専ではこれらのことは学べません。僕は大学では専門分野にこだわらず、なるべく広い分野の知識を吸収したいです。

 

最後に

ここまで読んで頂いてありがとうございました。早めにやろうとは思っていたのですが気づいたら当日になっていたため慌てて書きました。文字ばかりになってしまいすみません。内容はただただ一個人が考えていることなので、理解されなくて当然であるとは思いますが、少しでも共感していただけると嬉しいです。また、意見等ありましたら是非頂きたいです。